20XX/07/12 (月曜日) 二人の出会い/東京都内 住宅街
一際あたりはシンと静まり返り、その中で聞こえるのはただザァザァと降り続ける雨音だけだった。まだ昼前だというのに、分厚い雨雲の天井のせいであたりは夕刻を過ぎたかのように薄暗くなっている。
この住宅街の中で唯一の遊び場として知られる公園も、降り続く雨により草木は萎れ、去年まで見せてくれた新緑の青々とした風景も今は灰色の世界に飲み込まれたかのようだ。
夏とはいえ、今年の夏は異常気象のせいか現在の気温は軽く12℃を下回っている。
その為、夏に花を咲かせるはずの花壇からは植物の息吹は感じられない・・・
その公園にあるベンチに一人の少女が座っていた。この気温には不釣合いの薄着でただ、じーっと何かを考え込むかのように座っている・・・
泣いているのだろうか・・・しかし、雨は無情にも降り続けているせいか、涙のそれも雨にぬぐわれてしまいハッキリとはわからなかった。
公園には彼女以外に誰一人としておらず、公園の前を稀に通りる人影もあったが、まさかこんな天気に公園で遊ぶ者もいないだろうと足早に通り過ぎて行き、彼女の存在に気づく者は誰一人としていなかった。
そんな彼女の元へ、一人の男が歩いてきた。見た目はそこらにいるごく普通の若者って感じだが、その風体からは想像できないくらい独特の雰囲気を醸し出している。
男は彼女の前に立ち自分が差していた傘をそっと彼女の上から被せ、口を開いた。
「あの・・・さ・・・おれ・・峰神八雲っていうんだ。君は?こんな所で何をしてるの?」
男の声はやわらかく、温かみがある声だった。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし八雲の声には反応すらなく、ピクリとも動かない・・・ただザァザァと降る雨の中から聞こえてくるのは彼女のか細い吐息だけだった。
こんな天気の中で少女が公園で一人で傘も差さずにいるなんて、尋常な出来事ではない。
「何か彼女の身にあったんだ・・・そうに違いない!」そう理解した・・・。
「え・・・とさ、こんな所にいたら風邪引いちゃうよ?雨振ってるし、服も濡れちゃってる。」
「・・・・・・・・・・・・」
このままここに居ても埒が明かない・・・早く場所を移した方が彼女の為にもなる・・・
八雲は一旦傘を置くと、自分が着ていたコートを彼女に羽織らせ、そしてもう一度傘を差しなおした。
「そんなびしょ濡れの服を着てたらホントに体を悪くするから・・・、近くにコインランドリーがあるからそこへ行って服を乾かさなきゃ・・・ね」
彼は彼なりに必死だった、
声をかけても全く反応しない少女に対して一体どうやって対応してよいものか・・・
このようなシチュエーションは滅多に会えるものでもないし、経験しようにもそうそう出来るものでもない、とっさに気の利いた対応が出来るヤツなんてそうはいない。
それは八雲も例外ではなく、対応の仕方も彼なりに精一杯だったのだ。
「・・・・・・てよ」
彼女の口から言葉が漏れた。だがあまりにか細い声は降りしきる雨の音にかき消されて、近くに居る八雲まで届かなかった。
「え・・?何?」・・・と八雲は聞き返した
「・・・・っておいてよ・・・私の事なんて放っておいてって言ってるの!」
そう言うと、少女は八雲を睨みつけた。
八雲のほうにまっすぐ向けられた小さな瞳からは涙が零れており、どれだけ泣いたのだろうか・・・その瞳は赤くなっていた。
しかし、以外にも返された返事に八雲は微動だにしなかった・・・
「・・・泣いて・・・いるの?」
「泣いてなんか・・・泣いてなんかないわ・・・」
少女はそう強がって見せた、しかし口ではそう言うが体は小刻みに震えていた。
八雲は彼女の横に腰をかけ、その小さな肩をスッと抱き寄せた。
意識した訳ではなく、体が勝手に動いていたのだという・・・
人の優しさというものは時として、どんなに優れた薬よりも勝るという・・・
八雲の優しさに触れ、その心の栓が外れたのだろう。
彼女の中に無理やり押し殺されていた感情はとどまる事を知らず、その体の中に押さえ切れなくなったものは二つの瞳から大粒の涙となって零れ落ちた。
「いままで沢山泣いたのに・・・涙が枯れるほど泣いたはずなのに・・・どうしてこんなに涙があふれてくるの?・・・ねぇ・・・どうして?」そう心の中で何度も何度も繰り返した。
少女は八雲の胸の中で、泣いていた。手は彼の上着をぎゅっと握り締め・・・、八雲もまた彼女を優しく包み込んでいた。
雨は公園に居る二人の事など知らぬかのように振り続けており、公園に設置されている時計台はもうすぐ12時を指そうとしていた。
しばらくして、彼女は落ちついたのかそっと八雲の胸から顔を起こした
「ごめんなさい・・・私・・・」
「いや、全然気にしてないよ、それよりもまず服を乾かさないと・・・ね」
「うん」
そう答えた彼女の顔に少し笑顔が戻ったような気がした。
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二人は公園に近くにあるコインランドリーに来ていた、こんな大雨でも営業しているのは、無人のコインランドリーか24h営業のコンビニくらいなものだ。
「あちゃー、服がびしょ濡れだよ・・・早く服を乾かさないと・・・ぅー寒い。」
八雲は濡れた上着をさっさと脱ごうとした。
上着に手を書けたとき、目に飛び込んで来たのがさっき公園で出遇った少女だった。
彼女とつい目が合ってしまった・・・、当然であろう、顔を赤くして下をうつむいてしまった。
「あわゎゎ・・・ご・・ごめん、勝手に脱いじゃマズイよね。そうだ・・・ほ・・・ほらここにバスタオルが置いてあるし、俺向こう側向いて服脱ぐから・・・ぜ、絶対そっち向かないから。」
「うん・・・、ありがとう。」
とりあえず服を脱ぎ終え、体にバスタオルを巻くと、濡れた服を乾燥機の中に放り込んだ。
ゴゥンゴゥンと、音を立て乾燥機が回り始めた。
数秒の後・・・彼女が口を開いた。
「あの・・・ありがとうございます。それと、さっきはヒドイ事言ってゴメンなさい・・・、私どうかしてた・・・」
「ん、全然気にしてないから。でも少し元気になってよかったよ。」
八雲はニコっとわらって見せる・・・それを見て安心したのか、彼女にも笑みが零れる。
何で泣いていたのかを聞きたかったが、これ以上つらい思いはさせたくないな・・・と思い、言葉を飲み込んだ。
会話に微妙な間が空いてしまい、何を話していいものやらわからなくなっていた。
「あの・・・自己紹介まだでしたよね・・・。私は楠咲夜、近くの高校に通ってるの・・・、あ・・えと今はこんな天気だから学校は休みなんですけど・・・」
咲夜は今つくれる限りの目一杯の笑顔でぎこちない挨拶をした。
共学に通っているとはいっても、男づきあいより女づきあいのほうが多かった為、男性に対しての免疫はあまりなかった。活発な正確だがこんな調子だから、彼氏がいるハズも無い・・・。
「俺は峰神八雲、都内の専門学校に通ってる。今は休みだから家でじっとしてるんだけどね。あと、俺の家は神社なんだ、ほら近くに神社あるの知らない?公園の近くにあるんだけど。」
乾燥機が止まるまでの短い間、二人は時間の事を忘れ、お互いの事を話し合った・・・
久しぶりに出逢った幼馴染のように・・・
「君とは前にどこかで遇ったような気がするんだ・・・不思議だよね。あ・・・こ・・これじゃぁナンパみたいだよね・・・気にしないで。」
クスクスと咲夜は微笑んだ。
さっきまでの落ち込んだ泣顔はもう無く、可愛らしくてこっちまで和やかになるような笑顔で答えてくれる。それは八雲にとってこの上なく嬉しかった。
「私もそうなんです、峰神さんの声を最初に聞いたとき・・・とても懐かしい気持ちになったの。」
そういうと、咲夜は立ち上がって八雲のほうを向きクスクスと微笑んだ。
少女はほんのついさっきまでおどおどしてたのに、今はもう普段の咲夜に戻っていた。
八雲が話しやすかったというのもあるかもしれないが、お互いどこか見覚えがあったという事実が二人を近づけたのだろうか・・・・・。
ピーっピーと乾燥機が終わりの音を告げた。先ほどまでゴゥンゴゥンと大きな音を立てていた乾燥機が止まり、コインランドリーの中に一瞬の静寂が訪れた。
「服・・乾いたみたいだね」
八雲はそういうと乾燥機の所に行き、中から衣服を取り出して、彼女の分を渡した。
すっきりと乾燥した服はとても暖かく、着替えるととても気持ちが良かった。
コインランドリーの中は暖房が聞いて暖かく薄着の咲夜でも大丈夫そうだったが、外の気温を考えるとそのままじゃぁ薄すぎる。
「その格好じゃ外に出た時に寒いから、これを使いなよ。」
そういうと八雲は乾燥機から出したばかりの暖かいコートを彼女に手渡した。
「君の家、この近くなんでしょ?俺の家もこの近くだし送っていくよ。」
コインランドリーの入り口を開けると、ヒュッと肌寒い風が吹き込んできた。
雨は先ほどまでと変わらず、ひたすら降り続けていた。
道端の溝からは雨水があふれ、下手すれば洪水になりそうな勢いである。
「急ごう」・・・八雲はそういうと傘を広げ咲夜と傘の下に入り、降りしきる雨の中コインランドリーを後にした。
この時の出会いが二人にとって偶然ではなく、そういう運命だったというものをこの二人はまだ知る由もない。 |